田柄天祖神社へお散歩しながらお参り、でも、御朱印をいただくには。。。

天祖神社・ご朱印

田柄天祖神社を数十年ぶりにお散歩してみました。でも、参拝というと初めてかもしれません。

近所の方々はよくお参りされているようで、石碑など歴史もある神社だそうです。

田柄天祖神社とは

御祭神は天照大御神の小さな神社です。

小学校の頃、通学路からも少しずれていたので、道草しながら通る程度でした。

田柄天祖神社

境内も広いというわけでもないのですが、地元の方々がお参りに訪れる地元密着の神社と言えます。

大きな樹木があるわけでもなく、目立つものもないので、注意していないと通り過ぎてしまうかもしれません。

それほど、周囲の住宅に溶け込んでいるといった感じの神社です。

田柄天祖神社

田柄天祖神社のすぐそばには、田柄愛宕神社がありますので、お散歩コースに入れてみてはどうですか?

田柄愛宕神社をお散歩、幼い日の記憶、そして御朱印をいただくには。。。
田柄愛宕神社は私が小学生の時、毎日通っていた神社です。歴史は古く江戸時代にさかのぼります。久しぶりにお散歩してみると新しい発見もありました。近くの駅からのお散歩にも向いていると思います。

田柄天祖神社の由緒

田柄天祖神社はこじんまりとした神社ですが、歴史は古く江戸時代の初頭までさかのぼります。

田柄天祖神社

国立国会図書館
デジタルコレクション
北豊島郡神社誌
コマ番号145/166

北豊島郡神社誌によると、1598(慶長3)年に上野伝五右衛門等が伊勢神宮を参詣して、分霊を勧請して帰郷。

上野伝五右衛門の邸内に祀ったのが始まりです。

その後、村民が社殿を造営して、神明ケ谷戸一円の産土神として、「神明宮」と呼んで崇めたとあります。

田柄天祖神社・本殿

1834(天保5)年には、長松山地蔵院泉蔵寺が別当として村民と共に老朽化した社殿改造。

明治になって、神仏分離令によって長松山地蔵院泉蔵寺が分離され、1872(明治5)年に天祖神社と改称しています。

現在の社殿と神楽殿は、1960(昭和35)年に改築されてものです。

田柄天祖神社の境内紹介

田柄天祖神社

田柄天祖神社は入口の右側に『天祖神社』と書かれた石柱があります。

ある意味、大鳥居よりも目立っています。

田柄天祖神社

大鳥居の右手に、手水がありますが、柄杓はなく、手水には雨水が溜まっている状態でした。

田柄天祖神社

階段の先には狛犬が鎮座しており、その先に社殿があります。

田柄天祖神社

 

社殿右側に稲荷神社(宇迦之御魂命)が祀られています。

田柄天祖神社・稲荷神社

社殿左側に御嶽神社(櫛麻知命)と榛名神社が並んで祀られています。

田柄天祖神社・御嶽神社、榛名神社

 

その他、下記の石碑があります。

  • 1893(明治26)年 水神宮:田柄用水記念碑

水神宮

  • 1920(大正  9)年 富士岳神社大々御神楽奉奏紀念碑

富士岳神社大々御神楽奉奏紀念碑

  • 1982(昭和57)年 富士登山紀念碑

富士登山紀念碑

  • 1994(平成  6)年 終戦五十周年紀念碑

終戦五十周年紀念碑

  • 2001(平成13)年 大山阿夫利神社 大神楽奏上記念碑

大山阿夫利神社大神楽奏上記念碑

 

水神宮は、1871(明治4)年灌漑用に玉川上水から分水した田無用水をさらに分水して開削された田柄用水の水量が少なく増水の請願が認可されたのを記念したものです。

水神宮

田柄用水は昭和30年代に通水が止まりその役割を終えています。

田柄天祖神社の例大祭

田柄天祖神社のお祭りは立札にもあるように、例大祭、祈年祭、新嘗祭があります。

田柄天祖神社

その中では10月に行われる例大祭は氏子や町内の方々も参加するお祭りで、子供たちによる山車や神輿の巡行もあるようです。

田柄天祖神社で御朱印をいただくには

田柄天祖神社に社務所はありますが、宮司様は常駐していません。

田柄天祖神社・社務所

兼務所である鷺宮八幡宮に赴いて、御朱印をいただくとことになります。

なお、社務所に明記されている連絡先は鷺宮八幡宮の電話番号となっています。

田柄天祖神社へのアクセス

田柄天祖神社には、駐車場がありません。

また、近くに駐車場もないため、最寄駅から歩くかタクシーで移動してください。

利用路線(電車) 下車駅  備    考
 東京メトロ有楽町線・副都心線  地下鉄赤塚  徒歩 9分  3番出口
 東京メトロ有楽町線・副都心線  平和台  徒歩21分  1番出口
 東武東上線  下赤塚  徒歩11分  南口

 

コメント